今月のお薦め本







  2018年 8月 



今年の夏2018年
西日本の皆様には
様々な自然災害で
厳しい現実を強いられていらっしゃることに
1日も早い復活をお祈りいたします



夏休みも後半です!

今年は暑さが殊更厳しく、
連日のお天気ニュースでは
「酷暑」
「危険!今日は涼しい室内で」という注意書きも出る始末

と、言ったって
室内で涼しく仕事が出来る方々はそのままかもしれないが
営業さんや野外の仕事をする人々には
何のお達しにもなりゃしません

時折街中で見かける長袖ワイシャツや
野外で業務をする人々を見るたびに
尊敬の念を抱くのは私だけではないはず・・・





せめてもの、涼しげな1冊

湖水地方
切り取ったような風景の湖水地方


広い草原に風が吹き渡る


風神


ここで爽やかな、目にも涼しげな風景を思い出しながら
今までの視点からまったく違った
イギリスは風光明媚な湖水地方の1冊です

この本は学校の夏休み推薦図書に挙げてもいいのでは?と
個人的には強くお勧めしたいもの

大人から子供まで
ぐいぐい読み進むこと、請け合いの1冊です

この夏にどうぞあの湖水地方の風を感じながら
暑苦しい日本の残暑を乗り切ってくださいませ

そして、湖水地方、というと
ワーズワース、ポターさん、ナショナル・トラスト、と言った
私達が普通に思い浮かべる人々は
この本ではある意味“部外者”です

そんな面白い視点に
実は当たり前だったことを気付かせてくれた本書

この地へいらっしゃる前に是非ご一読を!

本当の「湖水地方」が初めて見えた気がいたします












:: The Shepherd's Life ::

羊飼いの暮らし
イギリス湖水地方の四季

羊飼いの暮らし




ジェイムズ・リーバンクス 著 濱野 大道 訳 
発行所 早川書房 ¥2,400+税 2017年1月20日初版発行



先ず「羊飼い」というと思い出すのは
アルプスの少女ハイジの友人、ペーターである私


ペーター 
アルプスの少女公式サイトより


確かにイギリスの誇る緑の丘には
必ず「羊」が居る

   


ということは絶対にその「羊飼い」は居るはず・・・

しかし、その羊の宝庫
イギリスで実際にはペーターのような少年にも
羊飼い、と解る人々を見たことがないっっ!!

・・・・どんな人達なのだろう・・・



羊飼いのイメージ




この本の表紙は
正しく「夏」(で、あろう)湖水地方の山から丘の風景に
必ず付きものの羊と牧羊犬

しかも、裏表紙に至っては
同じ風景でありながら丘の天辺には
羊飼いらしき人影

そして、本書の裏折り返しには
面構えの良い
如何にも外の仕事であることを示す
日に焼けた厳しい顔の著者近影

ジェームズ・リーバンクス
James Rebanks 早川書房より


ワーズワースやポターさんのイメージが強いこの地方は
湖水に咲く水仙だったり、
ピーターラビットの可愛い動物達の世界だったり、
静かな湖に浮かぶ小船だったりします

しかし、実際にこの地に根をおろし、
生活している人々は一体どんな人達だろう

「湖水地方」は
彼ら著者にとってはどんな土地なのだろう・・

すなわち、この土地に生まれ、
代々普通の生活をしている所謂「ロコ」

表折り返しの
「羊飼いとし生きる喜びを、
湖水地方で600年以上・・中座
ワーズワースやポターさんよりもずっと前の時代ではないかっっ!!
・・・羊飼いの家系に生まれた著者が語りつくす」

この一文に
もしかしたら今まで抱いてきた「湖水地方」はまったく違う、
これが現実かもしれない、と・・
そんな驚きから手にとった本書でした

ぶひっっーー
そうだ!この地に
ポターさん達が住む前から
普通の人に住んで、生活があったんだっっ!!


本書は
始まりの最初の1ペー目には
どの本にもあるように
“だれだれに捧ぐ”とされている本書の1文は
“祖父、父へ”とあります

実際は著者の祖父、父、著者と
3世代の家族ストーリーも交えた本書

そして、内容は
表題の一つにあるように
四季ー夏、秋、冬、春の項に続きます
その季節ごとにこの地の様子が語られるのでしょう

しかし、その最初の季節、夏の前に
最初の項である
「Hefted」という単語の一章があります




初めてみる単語
「Hefted」の項の始めには
その単語の意味説明があり、
著者がこの項からスタートさせた理由が
ここにあります

その意味をかみ締めながら・・・四季を通じ、
家族、本人の湖水地方が描かれていきます


子羊を抱く著者
全てはこの子(子羊)のために 著者のJames Rebanks



1974年生まれの著者が13歳の頃

ある授業で
ワーズワースが詩に書いた世界である湖水地方が
自分達が長年住んでいる場所が
同じであることに驚きを感じます

それは、あまりにも自分の住む世界観が異なっていたから・・

自分達が何代も前からこの地で日々の生活を重ねてきた場所
湖水地方

もの心ついた時から
祖父や父の仕事を当然のように手伝い、
その自然の中で育ってきた著者は
この桂冠詩人だけではなく、
今まで外(この土地以外から訪れた人々)から見た自分達の土地が
いかにして異なった感情を持った見方をしていたことに
13歳のときに授業で初めて知ることになります



空、丘、草原、羊は湖水地方で最もよく見る風景


代々この地に定住している自分達が日々感じている
この地に対しての気持ちと
外から移住した人々が感じる
この地に対しての気持ちに
こんなにも差があること

そのそれぞれの思いに愕然とします





この同時期はすでに13歳、という年齢にして
この地で同じように生まれた子でも
勉強にやる気のある子達(勝ち組と証している)は
早々に地元でも上の学校グラマースクールへ進み、
著者を含む、そうでない子(負け組と書き綴っています)達は
そのまま3年間の行く末を考えずに
だらだらと総合中等学校で朽ち果てる・・

当然、学校が好きになる訳はありません




そういう子供達を教える教師もやる気がなく、
やり場のない気持ちを抑えることができない生徒達は
うまく言葉に出来ない分
教室そのものを傷つけたり、教材を壊したり
授業をボイコットしたり・・





教師が教えることは
自分達の生活に密着しておらず、
「美しい」場所として湛えられたこの地では
長年住み続けてきた
己の家族の生活とはまったくかけ離れていて
外から見たこの場所には
自分達が存在していないかのような授業には耐えられない

そんなもどかしさが
俗に言う負組生徒たちの荒れた結果が、
益々教師達との溝は深まる



教師もそんな生徒には目を向けない


著者はそんな教師の教えよりも
祖父や父、母達は勤勉で聡明であり
彼らはやりがいのある立派な仕事に誇りを持って取り組んでいる、
そんな大人が身近にいるため
学校にいる時間さえも家の仕事をしたい、と思ってしまう

すでにそんな壊れかけた学校生活に嫌気のさした著者は
現状の生活と外から来た教師達の授業とのかけ離れに
益々農場であり、羊飼いの仕事に没頭していきます


山ガール
三世代家族
祖父の代で少しづつ農場も大きくなっていきます



生まれた時からこの地で生きていく為の術は
全て家族(祖父、祖母、父、母)が
全部教えてくれる

学校の勉強はどうしても「現実味」のないもの、としか
思えない時間

そんな項「Hefred」から
著者は15歳にして学校生活を早々に切り上げ
自分達の羊飼いの生き方、

生きた先生であり、
最も尊敬する祖父の背中を追うようにして
天職の農場仕事を実践しながら
学んでいきます




そして、著者の目を通した
本物の湖水地方は“本当は”どんな場所で、
どのような人々が暮らしてきたのか?

また、天職でもあり、この地に定住した彼らの仕事
羊飼いってどんなことをするの?

季節を通じて、この地の文化も含めこの本は始まっていきます



湖水地方に適した種である、ハードウィック種




「夏」の項では、
著者Rebanks(リーバンクス)家の紹介から

1974年7月下旬、ひとりの老人とふたつの農場を中心とした世界で私は生まれた。

中略

祖父には3人の子供がいた。立派なファーマーと結婚したふたりの娘と、
私の父親だ。
末っ子の父さんが祖父の農場を受け継ぐことになった。

私は最後に生まれた孫だったが、祖父の苗字を引き継ぐ唯一の孫になった。
・・中略・・・
まだ、幼いながらに祖父はこの世界の王様なのだと私は考えていた。・・・
・・・略・・・
いつか彼のようになりたいと願っていた。


著者は私よりも少し若い、同世代でもある

先ずは私・自分の世界は
家族が全てでそれは農場→生き方にも繋がるものが
15歳だった自分にはあっただろうか・・?と首をひねる




しかし、幼い頃から彼の世界は
家族→農場→羊飼いの仕事、が全て


  

ご承知の通り、湖水地方は「夏」が抜群のベストシーズン
イギリス国内のみならず、
海外からもこの地のこの季節に人が集まる

それは高い空に目に鮮やかな丘と草原の緑
転々とする白い羊達

どこを切り取っても
絵になる風景ばかりだ

ニアソーリー村
高い青い空と緑の丘
白い羊達は絵葉書の世界


今まで何度も訪れたこの地は
そんな絵葉書の中にいられる自分を誰もが楽しんでいると思います

この場所に居る時は
誰もがこの美しい風景の中に居ることを楽しんでいます

しかし、著者達ここに住む人達は
この湖水地方、という地から
動くことはなく
まして、この地からどこかの町や旅もしたことがありません

当然、ここからいずれは去る人達とは
異なる視点で見ています

特に1年で1番忙しいのは夏!!
農場は大忙し!

サイロ

それは短いこの夏には
羊を放牧させなくてはならないこと

また冬に備えて
彼らの食料である牧草を刈り取り、
蓄えなくてはならないこと

そして、彼らの毛を刈ってあげなくてはならないこと




他の季節を過ごす為の準備が夏は満載なのだ!

この絵葉書の世界で
こんなに忙しく仕事があること私達は驚きます

広大なこの地で羊達を放牧させ、
たっぷりとこの季節の草を食べさせ、
管理をし、健康状態を常に気遣い、
ご近所たちとの共同作業をするのもこの季節


夏の羊飼い
羊飼いに牧羊犬
牧羊犬は羊飼いの手足のように
時には考えを意図して動く




牧羊犬は羊飼いにとっては
正にパートナー

この犬達は決して愛玩用ではなく、
職務遂行の立派な職人、
羊同様に財産の1部であることもこの項から解ります

リーバンクス家にも代々伝わる名犬がいたことも
彼らにとっては大きな宝でした

牧羊犬
犬種の中で最も頭が良いとされるボーダー・コリーのフロスとタン


朝4時半
夏のイギリスはすでに陽が昇り、
朝の仕事のスタート手順にスイッチがかかる

先ずは相棒でもある
牧羊犬の食事から始まります

湖水地方の羊は半分野生なので
賢い牧羊犬が少なくとも1匹はいないと羊飼いの仕事は成立しないそうです


著者とフロス&タン
著者と宝のフロスとタン


湖水地方の広いフェル(山)や険しい岩山や斜面は
この犬達が羊飼いの意図する場所や行動をいち早く感じ、
羊達を誘導していきます



夏の1日
地域の羊飼い達が一同に集まり、
それぞれの牧羊犬達と一緒に羊達を追い込む作業があります




誘導する羊飼いは
その優秀な牧羊犬の飼い主であることは
いうまでもありません

夏の1日
フェルに響く声は
羊飼いと犬達、羊達の群れが移動する音が
陽の長い夏の湖水地方の谷にこだまします



羊を誘導するシープ・ドッグ


そして、この季節
何よりも夏に怖いのは長雨



緑や山が美しいのは雨が降り、
その水によって草木が育つ

しかし、長雨は逆に冬の食料になる
干草を腐った腐敗物にしてしまう

この夏にどれだけ干草を蓄えられるか?により
羊のみならず人の生き死に影響する

干草
枯れ草は冬の食料


夏はバカンスの季節ではなく、
羊飼いにとっては
正しく1日たりとも休む日はなく
働き続ける季節なのです




そして、秋は働きの集大成

実りの秋との言うべき、
羊の品評会の季節です 

彼らの収入源はほぼこの季節に行われる
品評会で決まってしまうそう・・・

羊の品評会
Sheep's Fair


羊はこの地に適した種として
ポターさんの本にもよくその名が出てくる
ハードウィック種

湖水地方の羊
ハードウィック種の羊


顔が白く、身体は鋼のような黒

寒い土地でほぼ野生の状態で暮らし、
この地で放牧するのに最も適した種

その羊の売買の様子は
活気の満ちた正に真剣勝負

著者も子供の時代から与えられた羊を
海千山千の羊飼いたちへと営業する





そして、著者の経歴から「?」と思ったのは
学校嫌いで途中退校下にも関わらず
何と!オックスフォード大学へ進学し、
きちんと卒業へと至ったわけがこの項に記されています

最も興味深い家族の話が
深く綴られていて、祖父から父、そして息子
著者の家族へと繋がっていきます


何時の時代、東西問わず父と息子は対立する?


冬は
フェルに囲まれたこの地は
私達の想像を超えた厳しさが彼らに与えられます

この地へ移住してきた人達は
観光収入で得ているとしたら
最も静かな時期でもあり、
自然の美しさを時には良いと思うかもしれません

しかし、農業に携わる彼らは
腰まで振る大雪に時として広大な土地を放牧する羊達が
その雪に埋もれてしまうことも日常茶飯事

正に生死を分ける季節でもあります


冬の湖水地方
雪に埋もれる羊達
ほぼ野生の種であるハードウィック種の羊達は雪でも放牧します


大雪の日に活躍するのが
ここでも牧羊犬

雪で迷ったり、埋もれた羊をいち早く見つけて
安全な場所へと誘導していきます

そして、群れのベテランリーダーは
その犬に従い雪を掻き分けて比較的安全でもある
木の下へと進んでいきます

雪にも強いハードウィック種
れでも、毎年大雪の時には埋もれてしまったり
低体温性にによる死は免れない




だからこそ、最後の項である春は
厳しい季節を乗り越えた羊達の新たな誕生に
ひときわ喜びが増します


羊の親子
ハードウィック種の子供は全身真っ黒


春3月から4月は
湖水地方のフェルに羊の子供達の泣き声がこだまします

しかし、ここでも決して羊のお産が楽ではないことが
現実として著者から教えられます

無事に生まれてきても
母羊とはぐれたり、
放牧地で他の動物達に襲われたり・・と・・

ほぼ野生の状態で育つ子供達にとって最大のピンチは
母親から離れてしまうこと

羊のお母さんは絶対に自分の子がわかります
それでも、何かの理由で子供が離れてしまった場合は
子供は他の母羊では育つことができません


子供達
羊の子は必ず自分の母の元へ戻ります


命のはかなさも
著者は自分の3人の子供達へしっかりと引き継いでいきます

それは、机の上だけの勉強よりも
著者自身が身を持って
様々な「生きる」術を教えてくれた祖父や父、
そして、祖母や母から学んだこの地での生活を
次の世代である子供達へと繋いでいきます

それはこの地でもう600年以上変わらない
彼らの生活と文化は
この先も続いていくのでしょう



それは外から移住してきて
「素晴らしい」と
この場所で発する言葉や文字よりも
無口な彼らの生活がこの1冊で
何よりもこの地の本来の姿を
雄弁に語っているように感じました


著者
著者とフェルと牧羊犬達に羊




是非、次回湖水地方を訪れるすべての人達に
絶対読んで欲しい1冊です

3世代親子の物語、自然、農業、羊飼いの生活、
そして湖水地方の本当が解るこの1冊を
夏休みの学校図書としても
この本を誰か推薦してくれないかな〜と思う
今日この頃です!



    










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